10.3 オープン・テキストブック、オープン・リサーチ、オープン・データ
10.3.1 オープン・テキストブック
教科書は学生にとってますます高くなりつつある費用です。教科書によっては200ドル以上かかるものもあり、北米の大学の学部生は、1年間で800ドルから1,000ドルを教科書に支払う必要があるかもしれません。一方、オープン・テキストブックは、教育または非営利目的でのダウンロードが無料であり、オープン・ライセンスとなっているオンライン出版物です。あなたが現在開いているこの本もオープン・テキストブックです。ライス大学の OpenStax College 、ミネソタ大学の Open Academics Textbook Catalog など、オープン・テキストブックのための供給源が増えています。
ブリティッシュ・コロンビア州(BC州)では、州政府がアルバータ州とサスカチュワン州と共同でBC州オープン・テキストブック・プロジェクトに資金を提供しています。 BC のオープン・テキストブック・プロジェクトでは、最も学習者の多い分野の教科書を、そして貿易やスキル研修における教科書を、オープン・ライセンスで利用できるようにすることに重点を置いています。BC プロジェクトでは、他の多くの教材と同様、全ての本が選考、査読され、場合によっては地元の教員によって制作されています。多くの場合、これらの教科書は新しい知識という意味では独創性に富んだものではありませんが、様々な分野での現在の考え方の要約が丁寧なイラストを用いて説明されています。
10.3.1.1 オープン・テキストブックの利点
学生や政府は、補助金や財政援助を通じて、教科書に毎年数十億ドルを支払います。オープン・テキストブックは、教育費の削減に大きな影響を与えます。
他にも考えてみるべき点があります。1学期の最初の週に、大学の書店で長い行列ができるのは一般的な光景です。これは、貴重な勉強時間の損失と同義です。他の学生から古本で教科書を譲り受ける場合もあるので、学生が実際に書籍を手にするのは、学期が始まってから2〜3週後になるかもしれません。クリエイティブ・コモンズの Cable Green は、数学を学習する1年生が初日から教科書を持っているとき、授業が始まって3週間目まで重要な教科書を持っていない学生よりもはるかに良い成績であることを示す研究について言及しました。フロリダ・バーチャル・キャンパスの調査によると、多くの学生(60%以上)が様々な理由で、必要な教科書を全て購入しているわけではなく、その主な理由は費用であることを示しています。 (Green, 2013)
例えば政府が教科書の執筆者に直接対価を支払い、仲介者(商業出版社)を省略することで80%以上の費用を節約し、インターネットを介して学生(または希望者全員)に、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下で、無料で教科書を配布するという考え方はどうでしょうか。Cable Green のオープン・テキストブックに関する「ビジョン」は、100%の学生が初日までに全ての教材に100%無料でデジタル・アクセスできるようにすることです。
10.3.1.2 オープン・テキストブックの限界
Murphy (2013) はオープンかどうかにかかわらず、教科書に対する全体的な考えを疑問視しています。つまり教科書を大衆放送の一種のような19世紀の産業主義の遺物であると考えているのです。21世紀、学生はインターネットを介してデジタル素材を見つけ、そこにアクセスし、情報収集しなければなりません。教科書とは単にパッケージ化された学習形態であり、執筆者は学習者のために仕事をしているのです。とは言え教科書は依然として多くの教育形態の基本的な手段であることを認識する必要があり、この状況が続く限り、オープン・テキストブックは高価な印刷版の教科書よりもはるかに優れた代替手段です。
質もまた懸案事項の一つです。「無料であること」は質が悪いことを意味するに違いないという偏見があります。このようにOERの質に関する議論と同じものがオープン・テキストブックにも当てはまります。特に商業的に出版された高価な教科書には、通常、練習問題が組み込まれており、追加の読み物などの補足資料、さらには自己評価のためのチェックリストが含まれます。
他の人(私自身も含みます)は政府から補助金を受けることができないような独創的な教材に対するオープン・パブリッシングの影響の可能性には懐疑的です。なぜなら、これらはあまりにも専門的過ぎるか、その分野の標準的なカリキュラムの一部にはなっていないためです。果たしてオープン・パブリッシングは出版の多様性に悪影響を及ぼすでしょうか。努力に対して金銭的な見返りがない場合、いま誰かが独創性の高い教材を出版する動機は何でしょうか。単著で本を書くことは大変な仕事には変わりありませんが、それでも出版されています。
現在、様々なオープン・パブリッシング・サービスがありますが、それでも執筆者が独自の作品を作るためにはコストがかかります。例えば、特殊なグラフィック、編集、同業者からの論評に対して誰がお金を払うのでしょうか。私は本の一部を公開して論評してもらうためにブログを使っています。これは非常に有用であると気づきました。ただしこれは出版前に分野のトップクラスの専門家に体系的なレビューをしてもらうことと同じことではありません。
マーケティングは別の問題です。書籍を効果的に販売するには時間と専門的な知識が必要です。その一方で12 冊の本を商業的に出版した私の経験から言うと、出版社は専門的な内容の教科書を適切に販売することが非常に苦手で、著者自身が宣伝することを期待する一方、総売り上げの85%から90%を取ります。オープン・テキストブックであったとしても販売には実費がかかります。
どのようにすれば、これら全てのコストを回収することができるのでしょうか。書籍形式での独創的な作品のオープン・パブリッシングを支援するには、さらに多くの作業が必要です。では、知識がどのように創造され、どのように広められ、どのように保存されるかということは何を意味するのでしょうか。オープン・テキストブック・パブリッシングが成功するためには、持続可能な新しいビジネス・モデルを開発する必要があります。特にオープン・テキストブックへの何らかの形での政府補助金や財政支援がおそらく不可欠になるでしょう。
これらは全て重要な懸案事項ですが、克服できない問題ではありません。重要な教科書の一部を無料で学生に提供することは、大きな前進です。
10.3.1.3 オープン・テキストブックを導入し,利用する方法を学ぶ
BC キャンパスは、P2PU ポータルにオープン・テキストブックの採用について学習できる、短い MOOC を載せています。あなたがサイトにアクセスしたときには既に MOOC は閉講しているかもしれませんが、動画を含むまだ利用可能なほとんどの材料が利用できる状態でしょう。
10.3.2 オープン・リサーチ
アメリカ、カナダ 、イギリスなど、いくつかの国の政府は、政府の資金提供の成果として発表された全ての研究がデジタル形式で広くアクセス可能になっていることを要求しています。カナダでは2015年2月27日、科学技術大臣は次のように宣言しました。
出版物に関する統一見解としてTri-Agency Open Access Policyでは、3つの連邦認可機関のいずれかによって資金提供されている全ての査読付きジャーナル出版物を12か月以内に無料で、オンラインで入手できるようにすることを要求する。
またカナダでは2014 年の最高裁判決と新しい法律により、教育目的で無料のオンライン素材にアクセスして利用することがはるかに簡単になりましたが、まだいくつかの制限があります。
学術雑誌の市場を独占してきた商業出版社は、明らかに反発しています。学術雑誌が高い評判を持ち、それゆえ研究出版物の評価においてかなりの重要性を持っているところでは、出版社は研究を公に利用できるようにするために研究者に対して費用を請求しています。確立された学術雑誌に掲載することの栄誉は、研究者が掲載するために支払う必要のない、権威の劣るオープン・ジャーナルへの掲載の阻害要因として機能します。
しかし、このシステムと学術界との闘いは、論文の質を高め、それを出版する研究者の地位が最高水準であると認識される査読つき学術雑誌を研究者自らが確立さえすれば、それはもはや時間の問題でしょう。繰り返しになりますが、オープン・リサーチ・パブリッシングは、最高水準のピアレビューと質の高い研究の条件を満たし、持続可能なビジネス・モデルを見つけ、そして研究者自身が出版プロセスを管理することによってのみ繁栄します。
したがって、時間が経てば、学術雑誌のほとんど全ての研究は公開されるようになると期待できます。
10.3.3 オープン・データ
2004年、世界のほとんどの先進国を含む OECD 加盟国の全ての国の科学大臣が、公的資金による全てのアーカイブ・データを公に利用可能にすべきであるという宣言に署名しました 。 加盟国のデータ作成機関との激しい議論の後、OECD は2007 年に 公的資金による研究データへアクセスするための OECD の原則と運用基準を発表しました.
オープン・データの2つの主な情報源は科学と政府からのものです。科学については、おそらくヒト・ゲノム・プロジェクトが最良の例であり、カナダの BC データ・カタログのように、収集したデータを配布するために、いくつかの国や州政府が Web サイトを作成しています。
繰り返しになりますが、ますます多くの重要なデータが公開されて利用できるようになると、学習でも利用できる可能性が高いリソースが提供されることになります。
オープン・アクセス、OER、オープン・テキストブック、オープン・データの発展について、教育や学習への意義は、次のセクションでさらに詳しく調べます。
アクティビティー10.3 他のオープンリソースの利用
1. OpenStax College、 Open Academics Textbook Catalog、BC オープン・テキストブックプロジェクトで 、あなたの科目に適した教科書があるかどうかを確認しましょう。
2. あなたの研究分野にはどのようなオープン・ジャーナルがありますか。(図書館司書の助けがここで役に立つかもしれません。)良質な論文はありますか。この分野で研究をしているあなたの学生はこれらを使うことができますか。
3. あなたが指導で利用できる有用なデータが含まれているかもしれないオープン・データ・サイトを探す手伝いを、図書館司書に依頼してみましょう。ほんの少し指示を出せば、学生は自分でこれらのデータ・サイトを見つけることができるでしょうか。あなたや学生はこのオープン・データをどのように学習に利用できるでしょうか。
参考文献
Green, C. (2013) Open Education, MOOCs, Student Debt, Textbooks and Other Trends Vancouver BC: COHERE 2013 conference
Murphy, E. (2013) Day 2 panel discussion Vancouver BC: COHERE 2013 conference (video: 4’40” from start)