10.2 オープン教育リソース(OER)

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© Giulia Forsyth, 2012
図10.2.1 © Giulia Forsyth, 2012

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オープン教育リソース (OER) は、主にコンテンツを意味するという点で、オープン・ラーニングとは多少異なります。一方、オープン・ラーニングは、特別に設計されたオンライン教材、学習者に対するサポートや評価の組み込みなど、コンテンツと教育サービスの両方を含みます。

OER には、オンライン教科書、動画による講義、YouTube からダウンロードしたもの、自習用に設計された Web ベースのテキスト教材、アニメーションやシミュレーション、デジタル図表やグラフィック、一部のMOOCs、さらには自動採点できるテスト評価用素材も含まれます。OER には、Powerpointスライドや講義ノートの PDF ファイルも含めることができます。しかし、OER であるためには、少なくともそれらは教育的利用のために自由に使える状態でなければなりません。

10.2.1 OER の原則

David Wiley は、OER の先駆者の一人です。彼と同僚たちは、オープン・パブリッシングには5つの基本原則があることを提言しています。 (Hilton et al, 2010)

  • 再利用 :オープン性の最も基本的なレベルです。人々は自分の目的のために作品の全部または一部を利用することが許可されています。例えば、後で見るために教育用動画をダウンロードするなど。
  • 再配布:他の人と作品を共有することができます。例えば、同僚に電子メールでデジタル記事を送るなど。
  • 改訂:作品を改変、修正、翻訳、変更することができます。例えば、英語で書かれた本をスペイン語のオーディオ・ブックに変えることができます。
  • 再合成:2つ以上の既存の教材を組み合わせて新しい教材を作ることができます。例えば、あるコースからオーディオ講義を取得し、別のコースのスライドと組み合わせて新しい派生作品を作るなど。
  • 保持:デジタル著作権管理の制限(DRM)はありません。あなたが作者・教材を使う教員・学習者のいずれであっても、コンテンツを保持することができます。

あなたが読んでいるこのオープン・テキストブックは、5つの基準を全て満たしています。(CC BY-NC ライセンスに該当します。次のセクションを参考にして下さい。)ただし OER のユーザーは、この本のように商業上の目的では許可なく複製できない場合があるため、再利用するためには実際のライセンスを確認する必要があります。例えば、少なくとも作者からの書面による許可なしには、商業出版社が利益のために本に変えることはできません。OER の製作者としてのあなたの権利の保護は、通常、クリエイティブ・コモンズまたは他のオープン・ライセンスの下で公開することを意味します。

10.2.2 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

金銭的負担や特別な許可なく自由に著作物にアクセスして利用できるようにするライセンスを、著者自身が作成するという、この一見シンプルなアイデアは、21世紀の素晴らしい考えの1つです。これは他人の著作権を奪うわけではありません。著作権者は素材の様々な用途での利用の許可を、無償かつ法的な手続きを行うことなく、自動的に与えることができます。

 

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図10.2.2 クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの範囲
© クリエイティブ・コモンズ, 2013

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現在、下記のクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが可能です。

  • CC BY:他の人はあなたが作品の制作者であると明記すれば、営利目的であっても複製、頒布、展示、実演することができます。これは最も利用されているライセンスです。素材を最大限に普及させ、利用する場合に対して推奨されます。
  • CC BY-SA:あなたの作品の制作者であると明記し、新しい作品を同じ条件下でライセンスする場合に限り、他の人があなたの作品を営利目的で複製、頒布、展示、実演することができます。あなたの作品自体がクリエイティブ・コモンズを通じてライセンスされている他の人の素材を含んでいる場合には、これは特に重要です。
  • CC BY-ND:全体を一切変更できません。あなたが作品の制作者であると明記して引き渡される限りにおいて、他の人は営利目的および非営利目的での複製、頒布、展示、実演することができます。
  • CC BY-NC:他の人があなたの作品を非営利目的で複製、頒布、展示、実演することができます。他の人の新しく派生する作品においては、あなたを作品の制作者であると明記しなければなりません。非営利でなければなりませんが、派生する作品を同じ条件でライセンスする必要はありません。
  • CC BY-NC-SA:他の人があなたを作品の制作者であると明記し、同じ条件の下で新しく派生する作品をライセンスする場合に限り、非営利目的で複製、頒布、展示、実演することができます。
  • CC BY-NC-ND:6つの主なライセンスのうち最も制限が厳しいもので、他の人があなたの作品をダウンロードして他の人と共有する場合、あなたを作品の制作者であることを明記しなければなりません。営利目的では使えません。改変も認められません。

あなた自身の教材をOERとして提供したいのであれば、ライセンスを選んでそれをあらゆる作品に適用するのは比較的簡単なプロセスです。(クリエイティブ・コモンズのライセンスの選択を参照)疑問がある場合は、図書館司書に確認してください。

10.2.3 OER の提供元

OER の多くの「リポジトリ」(保管場所)があります。例えば中等後教育では MERLOTOER Commons 、また中等教育までであれば Edutopia を参照してください。OpenProfessionals Education Network には OER を見つけて利用するための優れたガイドがあります。

ただし、Web上で公開されているアクセス可能な教育リソースを検索するときは、そのリソースにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスがあるかどうか、または再利用を許可する説明があるかどうかを確認してください。著作権について過度に心配することなく無料のリソースを利用するのが一般的な方法かもしれませんが、明確なライセンスや再利用の許可がない場合、不利益を受ける可能性があります。例えば OpenLearn などの多くのサイトでは、非営利目的の個人的な利用のみを許可しています。つまり、リソースを自分の教育に直接取り込むのではなく、学生にそのサイトへのリンクを提供するようにします。再利用の権利について疑問がある場合は、あなたの図書館か知的財産部門に確認してください。

10.2.4 OER の制約

元のバージョンを作成した教員以外による OER の受け取りはまだわずかしか行われていません。主な批判は、現時点で入手可能な多くの OER の質の低さ、つまり変更や調整が容易ではない PDF 形式であること、対話形式でない大量のテキスト、粗雑なシミュレーション、不十分なグラフィック、どんな学術的概念を説明しようとしているのかが不明確なデザインなどです。

Falconer (2013)は、ヨーロッパにおける OER に対する潜在的なユーザーの態度の調査において、次の結論を導き出しました。

一般大衆が OER の制作に参加する技能や、何もしないで何かを手に入れるという文化的不信は、品質に対するユーザーの懸念を引き起こします。広告、市場占有率、華やかな制作物を通じて信頼を生み出す販売業者や出版社は、この無料への不信を悪用する可能性があります。品質への信念は OER を始めるにあたっては重要な原動力ですが、原理的に誰もが貢献できる状況で品質を保証するという拡張性の高い問題解決の方法はまだ見つかっていません。また、ある状況から別の状況に品質を明確に移転できるかどうかという問題についても、まだ十分に対処されていません。何らかの承認システムがお墨付きを与えるという考え方は無限に拡張できるとは限りませんし、ユーザー・レビューの堅牢性やその他の状況に応じた対策はまだ十分に検討されていません。

OER をその作成者以外の人に取り入れて欲しければ、うまく設計しておく必要があるでしょう。オープン大学が独自の OER ポータルであるOpenLearn を開設するまで、iTunes U で最も利用されている OER はオープン大学のものであったことは、おそらく驚くにはあたらないでしょう。OpenLearn ではオンラインで自習用に設計されたコースの文字資料を主に OER として提供しています。繰り返しますが、設計は OER の品質を保証するための重要な要素です。

Hampson (2013) は、OER の受容が遅い別の理由を提案しています。それは、主に多くの教員の職業的な自己イメージと関係しています。Hampsonは、教員が自分自身を「ただの」教員と見なすのではなく、新しい知識や独創的な知識を生み出す発信者や普及者と見なしていると主張しています。彼らの教育では自身のスタンプが教材の上に押されている必要がある、つまり自分で作ることに意味があり、他の教員の教材を公然と組み込んだり、コピーしたりすることには消極的だと考えているのです。OER は容易に「パッケージ化された」再生産的な知識であり、自らの作品ではないため、教員を「芸術家」から「工場労働者」へ変化させるものです。そんな理由はばかげている、私たち全員が巨人の肩の上に立っているのだ、と主張することもできますが、そのような重大な自己認識があり、研究者としての教員にとって、この主張には一粒の真実があります。彼らにとっては自身の研究を中心にすえて教育することに意味があります。しかしそこに何人のリチャード・ファインマン(訳注:不誠実な態度を嫌い、自分が正しいと思ったことは実証しなくては気が済まない性格だったアメリカの理論物理学者。ノーベル物理学賞を受賞。知名度の高い教科書「ファインマン物理学」を執筆したことでも知られる。)がいるのでしょうか。

多くの OER に関して明確なライセンス情報が欠けており、「無料」(金銭的負担なし)と「オープン」との間にもかなりの混乱があります。例えば、Coursera MOOCs は無料ですが、「オープン」ではありません。あなた自身の教育の範囲内で、Coursera MOOCs の素材を許可なく再利用することは大抵の場合、著作権侵害です。edX MOOC プラットフォーム自体はオープン・ソースであり、他の教育機関はこのポータル・ソフトウェアを採用したり改良したりすることができますが、edX 上の教育機関でも著作権は保持する傾向があります。ただし Coursera や edX でも例外はあります。MOOCs の中にはオープン・ライセンスのものが少しはあります。

OER は状況の制約を受けないという特徴があるという論点もあります。学習そのものを扱った研究によると、最もよく学習されるのは、コンテンツが状況に埋め込まれ、学習者が能動的に学習するときであり、とりわけ学習者が意味と「階層化された」理解を展開することで、知識を積極的に構造化できるときであることが分かっています。コンテンツは静的ではなく、石炭のような物資でもありません。言い換えれば、コンテンツを学習することを、石炭をトラックに放り込むことと同様だと考えているようでは、効果的には学習されません。学習とは、疑問を持つこと、既知の事柄に新たな考え方を統合しようとする調整、理解度のテスト、フィードバックを必要とする、動的なプロセスなのです。このやり取りの中では、個人による振り返り、専門家(教員)からのフィードバック、そして重要なことですが、友人や家族、仲間の学習者からのフィードバック、彼らとの対話を組み合わせることが必要です。

オープン・コンテンツの弱点は、その性質上、効果的な学習に不可欠な、発展的で状況に依存した「環境的」な要因が全て取り除かれている、純粋な形であるということです。言い換えれば OER とは石炭のようなもので、積み込まれるのを待っている状態なのです。もちろん今でも石炭は非常に貴重な資源です。しかし石炭は採掘され、貯蔵され、出荷され、加工されなければなりません。つまり OER を生のコンテンツから有用な学習経験に変えるための状況的要因にますます注意しておく必要があるでしょう。このことは教員が OER に適合する学習経験や環境を整備する必要があることを意味します。

OER に関する研究の概要については Open Education GroupReview Project を参照してください。別の重要な研究プロジェクトには ROER4D があります。これは南アメリカ、サハラ以南のアフリカ、東南アジアの多くの国々で、根拠のある OER 導入に関しての研究を提供することを目指しています。

10.2.5 OER の使い方

このような制約があるにもかかわらず、教員はますます OER の作成に取り組み、また、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下で他の教員が自由に利用できる教材を作成しています。教員が OER にアクセスできるリポジトリやポータルも増えています。OER の増加によって、教員はそれぞれの教育の場面に最適な素材を見つけやすくなるでしょう。

OER の使い方には選択肢がいくつかあります。

  • 他の場所から OER を選んできて、それらをあなた自身のコースに取り入れる、またはその内容に合わせる。
  • あなた自身が行う教育のためにデジタル教材を作成し、それらを他の人が利用できるようにする。(例えば、フロリダ州立大学からの OER の作成とライセンスの結合を参照。)
  • 問題を解決したり、レポートを書いたり、トピックについて調査したりするために、学生がコンテンツを見つけなければならないコースを、OER を元に構築する。(この章の冒頭のシナリオを参照。)
  •  OERu で1つのコース全体を取り上げ、学習活動と評価の部分を構築し、そのコースに対する学習者サポートを提供する。

学習者は OER を利用してあらゆる種類の学習で役立てることができます。例えば、MIT のオープン・コース・ウェア (OCW) は、単なる興味のために利用することもできますし、単位が発行される授業の講義で取り扱っているトピックで苦しんでいる学生は同じトピックに対する別のアプローチとして OCW にアクセスするということもあるかもしれません。(シナリオAを参照)

10.2.6 改善の余地はまだある

OER には現時点では制限や弱点がいくつかありますが、その利用は増える可能性があります。なぜなら良質の素材が自由に簡単に入手できる場合、ゼロから全てを作成することは意味がないからです。私たちは第8章でメディア選択について見てきましたが、今では教員が利用できる優れたオープン素材が増えています。これは時の経過とともに、さらに多くなっていくでしょう。のちにセクション11.10で、OER の増加がコースの設計と提供の仕方を変えることにつながることを見ていきます。確かに OER はデジタル時代の教育に欠かせない要素の1つであることが明らかになるでしょう。

アクティビティー10.2 OERを決める

1. あなた自身のコースで OER を利用しましたか。これは良い経験でしたか。それとも悪い経験でしたか。

2. OER を利用したことがない場合、主な理由は何ですか。どのようなものが利用できるかを調べてみましたか。質はどのようなものでしたか。どうすれば改善できるでしょうか。

3. どのような状況になれば、あなたは自身が作成した教材を OER として作成したり変換したりする準備ができるでしょうか。

参考文献

Falconer, I. et al. (2013) Overview and Analysis of Practices with Open Educational Resources in Adult Education in Europe Seville, Spain: European Commission Institute for Prospective Technological Studies

Hampson, K. (2013) The next chapter for digital instructional media: content as a competitive difference Vancouver BC: COHERE 2013 conference

Hilton, J., Wiley, D., Stein, J., & Johnson, A. (2010). The four R’s of openness and ALMS Analysis: Frameworks for open educational resources. Open Learning: The Journal of Open and Distance Learning, 25(1), 37–44

See also:

Li, Y, MacNeill, S., and Kraan, W. (undated) Open Educational Resources – Opportunities and Challenges for Higher Education Bolton UK: JISC_CETIS

ライセンス

クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利 4.0 国際 ライセンスのアイコン

Copyright © 2020 『日本語版』, 2015 Anthony William (Tony) Batesの「デジタル時代の教育」は、特に断りのない限り、クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利 4.0 国際 ライセンスに規定される著作権利用許諾条件。

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