11.3 ステップ1:どのように教えたいかを決める
このステップは9つのうちで最も重要で教員にとって取り組みがいのあるステップです。なぜかと言うと、今まで長い間築き上げてきた行動パターンを変えることになるかもしれないからです。
11.3.1 担当しているコースを本当はどのように教えたいか
この質問はあなたの基本的な教育理念を考えさせるものです。教員としてのあなたの役割は何でしょうか。知識は有限で、明確なものであり、あなたはその分野における専門家で、学生よりも多くのことを知っており、だからこそ教員としての仕事は学生にその情報をできる限り効果的に伝えることだ、と客観主義的に考えているのでしょうか。それとも学習とは個人個人の能力を開花させることであり、学生が情報や知識に対して疑問を持ち、分析し、応用する能力を獲得する手助けをあなたが行うということなのでしょうか。
あなたは学習の案内役や進行役なのでしょうか。進行役としての役目を果たしたいと思っていても、200人が受講する授業を教えなければいけない場合、結局は一方通行の講義スタイルを採用しなければいけないのでしょうか。あるいは案内役と進行役を組み合わせるのが良いと考えていても、時間割やカリキュラムの都合上、実施できないといったこともあるかもしれません。
第2章・第3章・第4章では全体的な理念という観点から、教え方を決める際に参照できる選択肢をいくつか提示しました。
11.3.2 今の教え方のどこが悪いのか
別の方法として、現在教えているコースについて、どこが好きではないかを考えることから始めてみても良いでしょう。扱う内容は多すぎませんか。学生に内容を発見、分析、応用させ、問題を解決させたり調査させたりといった、別の方法ではできませんか。もう少しスキルに焦点を当てることはできませんか。もしできるとしたら、これらのスキルを実践できるようにするために、どのような活動をさせるのが適切でしょうか。学生は自分たちだけでどれだけのことができるでしょうか。それ次第であなたへの負担も大きく変わってきます。
ある学生が悪戦苦闘している一方で、他の学生たちは辛抱強く待っているなど、教室内の学力格差は多様ではないですか。どのようにすれば個々に対応した教え方ができ、コースを受講している様々なレベルの学生全員が成功するように導くことができるでしょうか。苦労している学生が課題に時間をかけている間、先にできている学生はより発展的なタスクを行えるように授業を構成することができるでしょうか。
ひょっとすると受講者数が多すぎて、ディスカッションや批判的思考を伴う活動を十分に行えていないのかもしれません。テクノロジーを利用して学生たちが少人数グループで学習するよう授業を再構成し、ディスカッションを監視したり誘導したりすることは可能でしょうか。内容の理解など、学生自身で行える程度の小さなステップに分割し、学生が教室に来た時には学生とのディスカッションや批判的思考を行うようにすることはできるでしょうか。
例えば、内容の多くをオンラインに移行すれば、グループの大きさや、授業形態(教室・オンライン)にかかわらず、学生とやり取りをするための時間を確保できるかもしれません。大教室で行う講義の数を減らすこともできます。教員の中には200人もの履修者がいる講義を10個のグループに分割し、講義内容の多くをオンラインに移行した上で、それぞれのグループと最低1週間、オンラインでのディスカッション、交流、グループ活動などに充てるようにしている人もいます。こうすることで、より多くの交流を全ての学生と行うことができるからです。
状況は異なりますが、実験や設備の準備に時間がかかる、あるいは学生が実際に体験する時間が十分に取れないといった理由で、実験室や作業場で行えることには限界があると感じていませんか。学生が予習の多くをオンラインで行い、実験室や作業場では学生は実際の作業に集中できるよう、授業を再構成することができるでしょうか。例えば実験室や作業場で学習したことを後日、オンラインのeポートフォリオを利用して報告させるというのはどうでしょうか。実験室で必要な時間を減らすために、ビデオやシミュレーションなど良質のオープン教育リソースを探すことはできないでしょうか。あるいはデモ動画を作成し、潜在的な重要性について学生と話し合う時間を多く確保できないでしょうか。
あるいは回答しなければいけない学生からの質問、採点しなければいけない課題があまりにも多いことで、授業の負担が過度になってはいませんか。簡単に負担を減らすにはどうすれば良いのでしょうか。学生同士で活動し、助け合うことはできるでしょうか。もしできるのであれば、どのようにグループを作りますか。学生が行うプロジェクト型の活動を増やし、授業内活動に関する eポートフォリオを、時間をかけて構築していくという形の課題に変更できないでしょうか。そうすれば学生の進捗状況を観察しながら、同時に成績評価を記録していくことができるかもしれません。
11.3.3 教え方を再考するためにテクノロジーを利用する
新たなテクノロジーの利用や授業での配信方法を考えることで、あなたの教え方を考え直す機会を得ることができます。そして教室内での指導における限界に向き合い、教え方を更新することができるでしょう。どのように教えたいかについて再考する際には、どのようにすればコースの学習環境を豊かなものにできるかについて考えるのも良いでしょう。 (付録A参照)
テクノロジーの利用や、一部あるいは全てのコンテンツのオンラインへの移行で、学期中に週3回ずつ毎週予定通り行われる講義という形式では無理だったかもしれないことができるようになるでしょう。(セクション4.1)これは全てをオンラインに移行するという意味ではなく、キャンパスでの経験はそこでしかできないことに特化するという意味です。あるいは、カリキュラム自体を考え直してオンライン学習の利点を活かし、学生自身に情報の発見や分析、そして応用させることもできるかもしれません。
新しいコースについて考えたり、満足していないコースをデザインし直したりするのであれば、コースや専攻プログラムが始まる前にどのように教えたいか、そして、そのコースをこれまでとは異なる学習環境の中に組み込むことができるかどうかを考えてみると良いでしょう。すぐに決断しなければいけないわけではなりません。9つのステップに沿って考えていくうちに決断しやすくなってくるでしょう。大切なのは、これまでとは異なるやり方に心を開くことです。
第4章、第9章、第10章ではここで見てきた質問のうちのいくつかに対する回答となる可能性がある、様々な教え方を提案しています。
11.3.4 やってはいけないこと
1つだけ確かなことがあります。単に講義ノートを Web 上にあげたり、ダウンロードできるよう50分の講義を録画したりといったようなことをしただけでは、間違いなく対面授業よりも学生の達成率は下がり、成績も悪くなるということです。なぜこのことを指摘したかというと、対面で授業を行う教員は、講義を録画して学生が家でダウンロードできるようにしたり、Web 会議システムを利用してインターネットで講義をライブ配信したりといった、教室での教え方をそのままオンラインに持ってくるようなことをしてしまいがちだからです。このようなやり方では良い結果にならないという証拠はたくさんあります。(例えば Figlio, Rush and Yin, 2010など。)
講義をただそのままオンラインに移行してしまうことの問題は、オンラインの学生が必要とする大事なもの、つまり柔軟性を考慮に入れていないからです。学生がオンラインで学習している時のニーズは、教室内で学習している時のニーズとは異なります。教員が対応できる「オフィスアワー」を特定の時間に制限してしまうと、学生がオンラインで活動している時に必要な柔軟性を提供することができません。また、オンライン学習では学生は時間を細かく区切って学習する傾向にあり、休憩せずに1時間以上の学習をすることは滅多にありません。ですからオンライン学習では「区切り」を意識し、扱いやすい長さに分割する必要があります。オンラインの他の学生と同期した Web 放送を定期的に設定するのも良いでしょう。重要なことは、オンライン学習には1時間の講義よりも優れた学習に結びつく内容や情報を伝える方法があるという点です。
結局のところ、学生が用いることになる学習形態に最も合致した方法で、教え方を「デザイン」することが一番大事なのです。幸いなことに、教室やオンラインでの指導において重要になるデザインの原理を明確にしている経験や研究は数多くあります。次に紹介する8つのステップがまさにそうです。
11.3.5 飛躍のチャンス
テクノロジーと新たな配信方法は、教えるプロセスをゼロから考え直す素晴らしい機会を与えてくれます。当該分野における専門知識を持っている教員は、多くのユニークで刺激的な方法を用いて教え方を見つけ、行なっている研究と教育を統合させることができます。今や時間やお金が問題なのではなく、想像力の欠如が問題なのです。想像力さえあれば、今まで思いつくこともなかった教え方に向かって飛び立つことができるでしょう。
アクティビティー 11.3 教え方を再考する
1. あなたの教育理念を書き出してみましょう。制約さえなければ、あなたは科目をどのように教えたいですか。
2. いま教室で教えていて直面している主な問題は何ですか。
3. 考えてみましょう。コースをオンラインに移動することで、あなたの教育理念に合致する新しい方法で教えることができるでしょうか。アクセスの柔軟性が高まり、インターネットを介して利用できる素材もあります。どんな教え方になりそうですか。
参考文献
Figlio, D., Rush, N. and Yin, L. (2010) Is it Live or is it Internet? Experimental Estimates of the Effects of Online Instruction on Student Learning Cambridge MA: National Bureau of Economic Research