3.8 結論
3.8.1 認識論、学習理論、教育方法を結びつける
3.8.1.1 教育では実用主義は空理空論に勝る
教育方法、学習理論、認識論的立場が直接的に関係していることはあるのですが、いつもそうであるとは限りません。表を作って、それぞれの教育方法をある特定の学習理論に当てはめてみたり、理論を特定の認識論に当てはめてみたりしたくなるものですが、残念ながら教育とは、コンピュータ・サイエンスのようにきれいに整理できるものではないのです。したがって、存在論に基づいて直接的な分類を試みることは、誤った理解をしてしまうことになるでしょう。例えば、伝達型の講義形式であれば、行動主義アプローチではなく認知論的な学習アプローチを促進するように構成されることもあるでしょう。1回の講義が情報伝達、実践的学習、ディスカッションといった複数の要素を組み合わせた形になることもあるかもしれません。
純粋主義的に考えるならば、教員が認識論の違いを超える方法を使うのは論理的に一貫性がなく、学生にとって混乱を招くものになるかもしれません。しかし、教えることは本質的に実践的な仕事ですから、教員はその仕事が達成されるために必要なことを行います。例えば学生がその意義について情報に基づく議論をしたり問題解決を始めたりする前に、事実や原理、標準的な手順や方法の意味を学習する必要があるとします。このような場面では、教員は基礎を固めるために行動主義的な方法から開始し、コースや専攻プログラムが進んだ後の段階になって構成主義的な方法へと移ることも十分に考えられます。
3.8.1.2 教育方法はテクノロジーによって決まるのではない
MOOC や録画した講義のようなテクノロジーの利用により、ある特定の教育方法や取り組みが再現されることはあります。しかし多くの点で、教育方法、学習理論、認識論はある特定の技術や配信手段と関係なく存在するものです。とは言え、第8章・第9章・第10章で見るように、様々なテクノロジーが教育を変えるために利用されることがあるでしょう。個々のテクノロジーの特徴や「アフォーダンス」(そのテクノロジーで実現可能なこと)次第では、ある教育方法が他の教育方法よりも容易に進化することもあります。
以上のことから、多様な教育方法だけでなく学習理論や基になっている認識論を分かっている教員は、ある場面でどう教えるのが良いのか、適切な判断ができる可能性が非常に高いでしょう。また、後でも触れますが、このような理解をしていることが、ある特定の学習タスクや場面に合ったテクノロジーを適切に選ぶ際に役立ちます。
3.8.2 教育方法をデジタル時代に必要な知識・スキルと関連づける
本章の主な目的は、教室での教育方法のうち、学習者がデジタル時代に必要な知識やスキルの発達を助ける見込みが高いものを、教員の視点から読者が特定できるようにすることでした。このような判断を下すために必要な情報や道具が全て出揃うのは以降の章を読んだ後になりますが、学習者の性質、事前の知識や経験、扱う分野・内容で求められること、教員や学習者が置かれている制度的な状況、学習者が将来的に従事するであろう仕事の場面など、様々な要因を考慮しながら判断することになるでしょう。しかし少なくとも現時点で判断できることがあります。
まずは以下のような、必要とされる様々なスキルを区別できるようになります。
- 概念スキル:知識管理、批判的思考、分析、統合、問題解決、創造・イノベーション、実験デザインなど
- 発達(対人)スキル:自学自習、コミュニケーション・スキル、倫理、ネットワーキング、責任、チームワークなど
- デジタル・スキル:ある特定の内容や職業分野に深く関連しているもの
- 作業に関連する実務スキル:機械や機器の操作、安全の手順、データ、パターン、空間に関する要素の観察と認識など
また、指導内容の観点からも、学習者に情報をただ伝達するような教え方ではなく、学習者が情報や知識を活用できるように教える必要なことも分かるでしょう。
教員には気をつけておくべき重要なポイントがあります。
- 教員は学習者に伸ばして欲しいと考えるスキルを特定したり認識したりできる必要があります。
- このようなスキルは、簡単に切り分けて考えることができず、文脈依存であり統合的であることが多いです。
- 学習者がそのスキルを伸ばせるように、教員は場面を見極め、適切な方法を特定する必要があります。
- 学習者がそのスキルを伸ばすためには、実践してみる必要があります。
- 学習者がそのスキルを高いレベルで身につけ、さらに磨きをかけるためには、教員や他の学習者からのフィードバックや指導を受ける必要があります。
- 学生がスキルを持っていること、熟練していることを認定するための評価方法を開発する必要があります。
デジタル時代においては、演習形式や徒弟制というような、ある特定の教育方法を選ぶだけでは不十分なのです。また、伝達形式の講義や演習形式というような方法だけでは十分な学習環境とは言えず、対象領域の中で必要なスキルの全てが伸ばされるということは考えにくいでしょう。学習者がスキルを伸ばすために必要なことは、場面と関連があり、練習やディスカッション、フィードバックの機会を含むような、豊かな学習環境を提供することなのです。その結果、様々な教育方法を組み合わせることになるのです。
本章では主に教室、つまりキャンパス中心の教育へのアプローチに焦点を当てましたが、次章ではオンライン・デジタル技術を組み入れた様々な教育方法を検討していきます。ですからこの時点で、演習形式、徒弟制、あるいは養育的アプローチのようないずれかの1つの方法が、デジタル時代に必要な知識やスキルを伸ばすのに最良の方法であると結論づけるべきではないでしょう。同時に、これまで主たる教育方法として採用されてきた伝達型の講義形式の限界が、より一層明らかになってきています。
重要ポイント
教室あるいはキャンパス中心の教育方法について、本章で扱った内容は、完全かつ包括的なリストを意図してまとめたわけではありません。様々な教育方法があり、いずれも特定の状況の中では合理的であるということを示すのが目的です。指導者は、その時に扱う内容と、その時の学習者のニーズの両方に応じて、様々な方法をうまく組み合わせながら利用するのが普通でしょう。それでも本章で示したような様々な教育方法の比較検討から、以下のような主要な結論をいろいろと導くことができます。
- デジタル時代に教員が直面する要求を満たす唯一の教育方法は存在しません。
- その一方で、教育形態の中にはデジタル時代に必要なスキルを発達させることに向いているものがあります。特に概念発達に重点を置く方法、つまり対話、議論、どちらかと言えば情報伝達は含めない知識管理、現実世界での経験学習のような方法は、デジタル時代に必要な概念スキルを伸ばす可能性が高いです。
- しかし必要とされているのは概念スキルだけではありません。非常に複雑な状況の中で概念スキル、実技スキル、対人スキル、社会スキルを組み合わせることが求められているのです。繰り返しになりますが、これが意味するところは、様々な教育方法を組み合わせる必要性なのです。
- 本章で見た教育方法のほとんどは、メディアやテクノロジーとは独立して存在しています。言い換えれば、教室でもオンラインでも利用できるということです。学習という視点から見た場合、どのようなテクノロジーを選ぶかということよりも、むしろ適切な教育方法を選んで結果を出せる能力や専門知識の方が重要です。
- 他方、新しいテクノロジーによって、教育への新たな可能性が見出されます。具体的にはより多くの練習やタスクに取り組む時間が作り出せること、新しい集団を対象とした教育を実施できるようになること、そして教員と教育システム全体における生産性を向上させるといったようなことです。これらの点については次章で示します。